大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)333号 判決

控訴人

芦田わさ

代理人

花房節男

復代理人

香川公一

被控訴人

三浦庫蔵

京都信託商事株式会社

代理人

東茂

主文

原判決を取り消す。

原判決別紙目録記載の各不動産は控訴人の所有であることを確認する。

被控訴人三浦は、控訴人に対し、右各不動産について、京都地方法務局昭和三一年一二月二四日受付第四一七三七号停止条件付所有権移転請求権保全仮登記および同三二年二月二五日受付第四五一五八号所有権移転登記の各抹消手続をせよ。

被控訴人京都信託商事株式会社は、控訴人に対し、右各不動産について、同法務局昭和三三年一月八日受付第二三二号所有権移転請求権保全仮登記の抹消手続をせよ。訴訟費用は、第一、二審を通じ原審証人大村藤吉に負担を命じた部分を除き全部被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人らは、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は、次に記載するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(ただし原判決六枚目表一〇行目に条件付所有権付とある所有権付を削り、別紙物件目録裏二行目に建坪とある次に一四坪と加える。)

一  控訴人の陳述

(一)  昭和三一年一二月二四日控訴人と被控訴人三浦の間に締結された金四五万円の準消費貸借契約は、金二七万三、九三四円の限度において成立したものと認めるべきである。すなわち控訴人は昭和三〇年一〇月一五日被控訴人三浦から金一〇万円を借り受け、利息として金五、〇〇〇円を支払つたが、同年一二月二日までの制限利息は二、三〇〇円であつて残余は元金の支払に充てたものとみなされるから、同年一二月二日当時の残債務は金九万七、三〇〇円である。

つぎに昭和三〇年一二月二日控訴人は被控訴人三浦から金三〇万円を借り受けたが、控訴人が現実に受け取つた金員は一二万一、〇〇〇円であり、金六万一、七〇〇円は税金立替分と仮登記費用、金一万五、〇〇〇円は利息として天引され、残余は旧債務分に充当となつている。ところが旧債務分は前記のとおり金九万七、三〇〇円であるから、約定元本額は右四口の合計金二九万五、〇〇〇円であるといわなければならない。そして金一万五、〇〇〇円は天引利息であるから利息制限法二条の規定に従つて計算すると、金二八万円の一ケ月分の利息は金四、二〇〇円となり、残余金一万八〇〇円は元本の支払に充てられたものとみなされる結果、元本は金二八万四、二〇〇円である。その後控訴人は四ケ月間で金六万円の利息を支払つているので、これと金二八万四、二〇〇円に対する四ケ月分の制限利息金一万七、〇五二円との差額金四万二、八四八円は元本に弁済されたことになるので、結局残債務は金二四万一、三五二円となる。そしてこれに対する昭和三一年四月分から一二月分までの制限利息は金三万二、五八二円であるから、被控訴人主張の準消費貸借契約は元本金二七万三、九三四円の限度で有効と解すべきものである。

(二)  仮に被控訴人ら主張のように金三〇万円の債務が大村に対し負担したものであるとしても、本件金四五万円の準消費貸借は、被控訴人三浦が当初控訴人に対し高利で金一〇万円を貸し付けたことに端を発し、その弁済のための大村からの三〇万円の借入れとなり、それが高利の組入れ計算により雪だるま式にふくれ上がつたものである。右事実は、被控訴人三浦において十分熟知していたのみならず、大村と共謀の上右金三〇万円の元利金を支払つて控訴人との間で金四五万円の新たな準消費貸借契約成立の外形をつくつたものである。これは利息制限法に対する脱法行為というべく、ここに暴利行為の主観的・客観的事情をみることができる。この点のかしを治癒するには、控訴人主張のように金二七万三、九三四円の限度において本件準消費貸借を有効とすることによつてのみ解決することができる。

二  被控訴人らの陳述

(一)  控訴人は、昭和三一年一二月二四日付準消費貸借契約は金二七万三、九三四円の限度でのみ有効であるといい、昭和三〇年一〇月一五日付貸金、同年一二月二日付貸金およびその金利に言及しているが、右は不当な主張である。すなわち昭和三〇年一〇月一五日付金一〇万円の貸金は、元利金とも同年一二月二日控訴人から返済を受け既に清算済みである。また同年一二月二日付金三〇万円の貸金は訴外大村藤吉が控訴人に貸し付けたもので、被控訴人の貸金ではない。被控訴人三浦は控訴人の大村藤吉に対する右債務について、支払の保証をしていたから貸借のいきさつは知つているが、訴外人と控訴人間の計算関係は知らない。

控訴人は昭和三一年四月以降訴外人に対する約定利息月一万五、〇〇〇円を全く支払わなかつたので、被控訴人三浦は控訴人の懇請を受け、当初は訴外人に利息の支払延期を頼んでいたが、遂に昭和三一年一二月二四日、八ケ月余の利息を八ケ月分に減額して貰い、右元本金三〇万円と利息の合計金四二万円を、控訴人了解の上訴外人に立替え支払つた。そして被控訴人三浦は控訴人に対し、右立替金四二万円の返済を一年間猶予することとし、その猶予の謝礼および登記費用立替えを三万円とし、合計金四五万円の準消費貸借契約を締結した。

右のような次第で前記金一〇万円および三〇万円の金銭貸借と、昭和三一年一二月二四日付金四五万円の準消費貸借とは全く別個のものであり、前者は法律上後者と無関係である。また、控訴人が前記一(二)で主張するように被控訴人三浦が大村と共謀して高利の組入れ計算を繰り返し利息制限法に対する脱法行為をしたという事実は否認する。

(二)  仮に停止条件付代物弁済契約の成立が認められないとしても、被控訴人三浦と控訴人との間に代物弁済予約が成立していたもので、被控訴人三浦は右予約に基づき控訴人に代物予約完結の意思表示をしている。すなわち

(1)  昭和三二年一二月一七日頃控訴人から被控訴人三浦に対し弁済期日に債務を弁済することができない旨の確定的な通告があつた。これに対し被控訴人三浦は、債務が完済できないときは代物弁済として本件各不動産の所有権を取得する旨の意思表示をした。

(2)  さらに昭和三三年一月中旬にも被控訴人三浦は控訴人に対し、前記債務の支払を受けるかわりに、本件各不動産の所有権を取得した旨の意思表示をしたものである。

(3)  仮に右の事実が認められないとしても、被控訴人三浦は昭和四二年七月四日の本件口頭弁論期日に、前記債務の支払いに代え本件各不動産の所有権を取得する旨の意思表示をしたものである。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一本件各不動産がもと控訴人の所有に属していたことは当事者間に争いがないので、被控訴人らの主張の控訴人と被控訴人三浦との間の停止条件付代物弁済契約の成否につき判断する。

被控訴人三浦を貸主・控訴人を借主とし返済期を昭和三二年一二月二五日とする金四五万円の準消費貸借契約が昭和三一年一二月二四日に成立したことは、それが一部無効であるかどうかを別にすれば、当事者に争いがない。この事実と〈証拠〉とを総合すると、控訴人は右準消費貸借契約に際し被控訴人三浦との間で右契約を履行しないときは弁済に代えて本件各不動産を同被控訴人に譲渡する旨の停止条件付代物弁済の合意をしたことを認めることができ、この認定に反する当審証人芦田英治郎の証言は信用できず、他に右認定を動かすべき証拠はない。

二控訴人は、右停止条件付代物弁済はいわゆる暴利行為に当たり公序良俗に違反すると主張する。

(一)  まず、債務額と本件各不動産の価額との較差が問題となるので、右準消費貸借の債務額から検討を加えることとする。前記停止条件付代物弁済の合意の認定に供した各証拠と〈証拠〉を総合すると、控訴人は、(1)昭和三〇年一〇一五日、貸金業を営む被控訴人三浦から金一〇万円を利息日歩一三銭五厘の約束で借り受けその一一月一五日までの三一日分の利息四、一八五円を支払つたこと、(2)その後、同年一二月二日同被控訴人のあつせんで同じく金融業者の大村藤吉との間で金三〇万円を利息月五分の約束で借り受ける旨の契約を結んだが、現金の授受に際しては、右(1)の元本一〇万円およびこれに対する一七日分の延滞利息二、三〇〇円を大村から直接被控訴人三浦に支払い、なお元本三〇万円に対する一ケ月分の利息一万五、〇〇〇円を天引され、したがつて控訴人においてこれら金員の交付を受けなかつたこと、および、控訴人はその後の四ケ月分の利息として金六万円を支払つたこと、(3)被控訴人三浦は、昭和三一年一二月二四日右(2)の元本およびこれに対する八ケ月分の利息合計四二万円を大村に支払い、その求償権につき、これを一年間猶予する利息および別口の立替金計三万円を含めて元本を金四五万円とする前記準消費貸借契約の締結に及んだこと、等の各事実を認めることができる。〈証拠判断省略〉また、控訴人は、右(1)の貸金についての約定利率や支払つた利息はいずれも右に認定したところをこえる旨主張し、一方、被控訴人らは、被控訴人三浦が大村に右(2)の元利金を支払つたのは控訴人の懇請による旨主張するけれども、これらの事実を認めるに足りる証拠はない。右認定の事実関係にもとづいて前記準消費貸借の債務額を計算すると、つぎのとおりである(円未満切捨)。

金一〇万円の貸金に対する三一日間の制限利息は一、五二八円であるから、右(1)で認定した同期間の利息としての支払分四、一八五円との差額二、六五七円は元本に充当され、その結果元本は金九万七、三四三円となり、したがつて、右(2)で認定した大村から被控訴人に支払つた元利金一〇万二、三〇〇円のうち右九万七、三四三円およびこれに対する一七日間の制限利息八一六円この合計九万八、一五九円をこえる金四、一四一円を(2)の約定の三〇万円から差し引いた金二九万五、八五九円を元本額とすべきである。また、(2)の貸金は一ケ月分の利息一万五、〇〇〇円を天引されているから、現実交付額はこれを控除した金二八万八五九円となる。そして、これに対する一ケ月分の制限利息は金四、二一二円で天引額のうちその超過部分一万七八八円は元本の支払に充てられたものとみなされる結果、元本は差引二八万五、〇七一円となる。そして、これに対する四ケ月間の制限利息は金一万七、一〇四円であるから、右(2)で認定した同期間の利息としての支払分六万円との差額四万二、八九六円は元本に充当され、結局当時の残債務は金二四万二、一七五円となる。そして、これに対する八ケ月分の制限利息は金二万九、〇六一円であるから、被控訴人三浦が大村に支払つた金四二万円の求償権は、そのうち右債務と八ケ月分の制限利息の合計二七万一、二三六円をもつて前記準消費貸借の目的とすべきであり、これに右(3)で認定した一年間の利息および別口立替金の合計三万円を合算した金三〇万一、二三六円が右契約の債務額となるわけである。したがつて、右準消費貸借契約は、これをこえる範囲において無効というほかはない。

(二)  つぎに、本件各不動産の昭和三一年一二月二四日現在の時価の点であるが、右各不動産は、(1)清本町三七五番地の一〇の宅地とその地上建物、(2)同所同番地の一一の宅地とその地上建物の二つに大別されるところ、〈証拠〉によると、(1)の建物は当時訴外桂信子に賃貸中であるこ、と(2)の建物は訴外米村梅次郎に賃貸していたが同人が賃料を滞つたので控訴人において明渡しの訴訟を提起して第一審で勝訴し、被控訴人三浦がこれを承継しその控訴審で居住者と和解し延滞家賃の免除と立退料一〇万円を支払つて明渡しを受け、したがつて右昭和三一年一二月二四日当時すでに明渡しの見込みのあつたこと等の事実を認めることができる。

そこで、当時の時価につき、当審における鑑定人鈴木嶺夫の鑑定の結果を援用し、(1)の土地建物については金一六万円、(2)の土地建物については、右立退料のほかなお若干の訴訟関係の費用を要したものと推認されるところから、これらを「賃貸借なき場合」の鑑定価格一七〇万円から控除して金一三〇万円ないし一四〇万円、と認めるのを相当とし、したがつて、右(1)(2)の合計一四六万円ないし一五六万円をもつて本件各不動産の当時の時価とすることができる(以上いずれも一万円以下切捨)。〈証拠判断省略〉

(三)  このように、本件各不動産の当時の時価は前記債務額の五倍前後に達し、両者の間には著しい較差が存在する。したがつて、右債務の不履行を条件としてその弁済に代えてこれを取得する旨の前記合意は、右の著しい較差だけから考えても暴利行為として公序良俗に違反するおそれがかなり濃厚である。

のみならず、前記各事実認定に用いた各証拠と原審証人富永清次の証言とを総合すると、被控訴人三浦は、その一〇万円の貸金債権を控訴人から回収するため自らあつせんした大村藤吉と控訴人との間の貸借(前記(一)の(2))に際し、かねて控訴人をして担保に供せしめていた大阪にある土地を本件各不動産に代えるようとくに要求してこれを大村の新規債権の担保としたうえ、控訴人の滞納市税を大村の融資額から支払つてその登記を抹消していること、ついで、同被控訴人自ら控訴人に代わつて右元利金を大村に弁済してその求償権を取得し控訴人との間で準消費貸借を締結し(前記(一)の(3))、同じ金融業者の間でかわるがわる貸付資金を出し合つてはその都度利息制限法違反の利息を元本に繰り入れて計算していること、このようにして被控訴人三浦は大村に代位できるようになつたが、同被控訴人に対しかなり無理をいえる立場にあつた富永清次の口添えにより本件不動産を担保流れとするのをようやく一年間猶予して前記停止条件付代物弁済の合意をしたこと、その際一年待つても控訴人側に弁済できる能力のないことを見越しており、その約半年後には同被控訴人の所有に帰しているとして本件各不動産を被控訴会社に譲渡していること、一年後の返済期まぎわに控訴人から懇願したにもかかわらず期限の徒過を待たないで返済期当日すでに代物弁済の本登記をしてしまつたうえその約二週間後には被控訴会社のため売買予約を原因とする仮登記をしていること、その後控訴人の返済の申出に対し真実の債務額の二倍前後(約定額の約五割増)の額を示して本件各不動産を買いもどすよう要求したこと、等の事実を認めることができる。

以上のように、金一〇万円の貸借に端を発し同じ金融業者間で貸付資金を出し合つては逐次高額の利息を元本に繰り入れた貸借に改めて行くとともに、本件各不動産に着目し債務弁済能力のないことを予測して停止条件付代物弁済を約定しついに被控訴人らのため本件各登記を経由するに至つたいきさつやその後は弁済の申出に応じなかつた等右認定の諸事情に照らして考えると、右停止条件代物弁済の合意は、金融業者たる被控訴人三浦が不当な巨利を収めようとして控訴人の無思慮・窮迫に乗じ債務額の五倍もする本件各不動産を初めから取得することを目的としたものと推認することができ、いわゆる暴利行為に該当し公序良俗に違反するものといわなければならない。右の判断を動かすべき事情を認めるに足りる信用できる証拠はない。

被控訴人らは右合意は代物弁済予約にあたるとの予備的主張をしているが、暴利行為として公序良俗に反することは、右合意を代物弁済予約にあたると解しても異なるところはない。もつとも、右合意を全部無効とはしないで、停止条件付代物弁済または代物弁済予約の形式をとつた債権担保契約と解釈し、債権者に清算義務を負わせるという解決方法も考えられないではない。しかし、前段に認定したところからすると、右合意は公序良俗に反する程度が相当強いものと解されるから、かような場合に右の解決方法を講ずることは妥当でないというべきである。

三以上のとおりであるから、停止条件付代物弁済契約または代物弁済予約によつて被控訴人三浦が本件各不動産を取得したとの被控訴人らの主張は採用できず、右各不動産はいまだ控訴人の所有に属するものというほかない。そして、その所有権が争われていて即時確定の利益もあるから、右各不動産が控訴人の所有であることの確認を求めるとともに右所有権にもとづき本件各登記の抹消手続を求める控訴人の本訴各請求は、いずれも理由がある。

よつて、右各請求を棄却した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条および第八九条に従い、主文のとおり判決する。(井関照夫 藪田康雄 賀集唱)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例